2020-05-02

鼻の調子が悪くて、町を歩いていても、若い頃のようには匂いがしない。以前、レーザー照射手術をやった時に、一時的に、急激に嗅覚が回復したことがあった。世界はこんなに匂いで満ちていた、ということを改めて思い出して、大変感激した。しかしその効果もすぐに消えてしまった。匂いがなくなってみると、実は自転車や散歩が好きだった自分の感性は、かなりの部分、匂いの楽しみに頼っていたのではないか、と気づかされる。特に、匂いはノスタルジーと結びついている気がする。その能力が弱まってしまったのは、大変残念なことだ。 そんな風にして、いつも散歩をするとき、残念な気持ちになるのだが、この日は二子玉川まで歩いて、多摩川土手に日向ぼっこをしに行った。ついでに、ちょっと良い自転車を購入した。納品は後日。前の自転車は失くしてしまったので、今度の自転車は可能な限り大切に使いたい。人から、このタイプは懐かしいですね、などと言われるくらいに、長く使ってみたい。ということを思いながら、バスで家に帰った。自分はバスも好きだ。

2020-04-17

なんとなく息苦しいのは気のせいだろうか。。

一先ず論文を書き終えた。論文は苦しいが達成感は確かにあって、この達成感のために、喉元過ぎて次もまた書きたくなる。 反省点は山ほどある。まず英語力。DeepL と Grammary を駆使してそれなりに書けるとはいえ、ベースとなる英語力がないためにスピードは遅いし最終的な文章が適切な表現かどうか、文意が伝わっているかどうかに確証がもてない。英語力をつけなければ。 それからテーマ。今は一定のペーパー数を出す必要があるのである程度止むを得ないが、やはり critical な問題を見定めて、重要な問いを解くというミッションにしないと、誰も読まないような論文を何ヶ月もかけて書く羽目になるし何より自分が楽しくないというか、時間の浪費感がある。人生は有限なのだ。この反省を生かして次のテーマを考えよう。

2020-04-16

だいたい一日中、論文執筆作業。だんだん雨が降ってきたのでほぼ外出せず。 午後、集中力が切れたので、BGM をかける。 Bea Miller の Aurora, 大貫妙子の Lucy あたりが素晴らしくて、聴き惚れたりもする。こういう、音楽に染み入るような、ひとりだけの時間がとても好きなので、今のこの、部屋に閉じ込められている状態は、実は、心地よい。自分自身に戻っていく気がする。 自分自身に戻っていく、ということで言えば、ふと思ったのだが、承認欲求に基づいて仕事をしていることの問題点は、承認されないとやる気がなくなってしまうことや、他律的なことだと思った。自律的に仕事をするとは、承認欲求に基づかず、仕事自体を目的化するというか、プロとしてあるべき職業上の倫理観を、自己規定するということではないかと思う。モチベーションを自己目的に置換する。無意識的なプロセスを変える。

2020-04-15

MTG などに疲弊し、本来やりたい勉強や仕事があまりできず。 MTG をよりやりがいのあるものにするには?自分が面白いと感じる発表をすること。ロジックを綺麗にまとめること。 未来の可能性を提示し、意思決定に繋げること。「おしゃべり」はだめだ。空気の読み合いも。やっぱり、何かを創らないと。

2020-04-14

ひたすら論文の英作文をしている。地道な作業。ある意味では熱中できる面白い作業なのだが、英語力の欠如が悔やまれる。あと、元の日本語が明快でないと訳し難く、自分がいかに曖昧な日本語、定義されていない言葉を無自覚に多用していたかということに気付かされるのだ。 朝、論文の作業をやり、午前は仕事。色々打ち合わせをしていて、やはり仕事は大事で、一生懸命やらなければいけないと思った。思わされるようなことがあった。いい意味で。

2020-04-13

数学の勉強は愉しい、考えることに時間を使うのは贅沢だ。才能がないのに学ぶのは、絵が下手なのに描き続けるようなもので、背徳的な行為でもある。我々は、才能を伸ばさねばならず、無益なことにのめり込んではならないからだ。そして手軽な正解に飛びつく。twitter で社会の答えを参照し、YouTube の再生回数を参照しながらセンスの正解を探す。私の内面はどんどん空疎なものになっていく。そんなときこの人のことをネットで知った。このように生きるべきだ。私はもう、賢いフリをやめ、少しずつ論文を書き、数学を学び、読書をし、映画を観て、考えたことを記録して、日々を暮らそう。考えてみれば、何もかもどうでもいいのだから。 note.com